『脳と気持ちの整理術 意欲・実行・解決力を高める』(築山節著、NHK出版)より:
焦って情報を脳に詰め込もうとするほど、基礎的な積み重ねを省略しようとするほど、脳を上手く使うことは難しくなります。その理由を本書では繰り返し書いてきました。
脳は「少しずつ」「一歩ずつ」がもっとも合理的であるようにできています。
待たなければいけない時間が長い人生の中で、少しずつ情報を脳に入力し、有効な知識を着実に増やしていく。思考と気持ちを整理し、目の前の問題を冷静に解決しながら、目標に向かって一歩ずつ進んでいく。自分を成長させていく。結局はその方が早いはずです。
翻訳の勉強というと、“この構文はこう処理する”とか、“この単語はこう訳すといい”といった、訳し方のコツやテクニックを学ぶことに力を入れたくなりがちです。翻訳の勉強だから訳し方を学ぶ、というのは一見当然のように思えますし、即効性がありそうにも感じられます。
もちろん、そういった訳し方の技術が役に立つこともあるでしょうし、まったく無駄な学習ではないでしょう。僕自身、そういった技術に助けられることもあります。
でも、プロとして息の長い活躍を続けていきたいのなら、さまざまな意味での「基礎的な積み重ね」を忘れてはいけません。英語力・日本語力・背景知識をバランスよく身に付ける。理解力(読む力)と表現力(書く力)をコツコツ向上させる。翻訳の仕事と技能に対する長期的・短期的な目標を明確にし、モチベーションを高める。そういった土台がないまま、原文を訳文に置き換える部分ばかりをいくら必死で学んでも、そんなものは砂上の楼閣。すぐに崩れてしまうはずです。
ダイエットにせよ何にせよ、“すぐに効果が出る”って言葉は魅力的ですよね。僕も深夜の通販番組では心を奪われてばかりです(笑)。
しかし、こと翻訳に関しては、焦りは禁物です。即効性の誘惑に負けることなく、基礎的な積み重ねをどれだけ続けていけるかが、翻訳者としての商品価値の向上につながる――僕はそう考えています。
私は、自分の文章のリズムを数多くの読者に心地よいと感じさせる書き手でなければ、プロにはなれないと考えている。
ノンフィクション作家、野村進氏の著書からの抜粋です。
ITをはじめとする理系分野の実務翻訳の評価では、原文の内容を正確に伝えているかどうかや、表記規則などの作業指示を忠実に守っているかどうかが優先され、日本語のなめらかさや読みやすさは二の次と判断されてしまうことがあります。
でも、IT翻訳者といえども、物書きの端くれとして、人様に読んでいただく文章を書いていることには変わりありません。上記の野村氏の言葉、肝に銘じておきたいですね。
ロンドンでもパリでも仙台でも、実際に訪れたことがある街についての文章と、一度も見たことがない街についての場合と、読んでいるときの「分かる」感じはまったく違います。それは、文章の背景、広い意味での「コンテクスト」がすでに分かっているからです。
ひとくちに「コンテクスト」といっても、背景となる知識をいう場合、いわゆる「文脈」のようなその文章自体の流れを指す場合、その文章が書かれた経緯やジャンルを指す場合などさまざまですが、文章を正しく読み解くためにはこの「コンテクスト」を色々なレベルでおさえておくことが不可欠です。それが出来て初めて、見慣れない単語や、複雑な文章も、丁寧に読み解いていくことが出来ます。感覚を身につけるために、まずは「コンテクスト」を理解しやすい、自分のよく知っているテーマの文章から始めること、そしてそれを繰り返す、つまり「たくさん読む」ことで、呼吸を身につけていくことが出来るはずです。
タイトルの通り、英文の読み方を解説する本からの抜粋です。英文読解の初歩として、まずは自分が好きで詳しいジャンルの英文を選んで多読してみましょう、と述べている部分です。
コンテクストの重要性は、仕事の翻訳のレベルでも同じ。「『コンテクスト』を色々なレベルでおさえておく」ために、専門分野の知識を高めたり、英語と日本語の両方で大量の読書をこなしたりなど、ふだんからの努力が欠かせません。
ただ、仕事となると、好きで詳しいジャンルの文章ばかりを選べるとは限りません。専門外の文章を訳さざるを得なくなることもありますし、専門分野の文章の中に、未知の分野の話題が出てくることもあります。
そんなときにお勧めしたいのは、当該分野の全体像をざっくりつかめるようなやさしい解説をまず読むこと。例えば、初心者向けや子供向けの解説書・ウェブサイトなどを先に読んで、「広い意味での『コンテクスト』」をつかんでからの方が、翻訳対象の英文の理解が深まり、訳文の質が格段に上がります。
私が経験した例では、翻訳対象のIT系の英文の中に、なぜか石鹸の作り方の話がヒョコッと出てきたことがあります。1つ1つの単語の意味は調べれば分かるけれど、全体として何を言いたいのかよく分からない・・・。そのとき役立ったのは、小学生が作ったウェブサイトです。学校の自由研究の成果とおぼしき、石鹸の作り方を紹介するページが、何も知らない僕にはピッタリ。すごく助かりました。
実際の翻訳対象の英文に早く取りかかりたくなる気持ちをグッとこらえて、まずは周辺から攻めてみる。その方が、結局は早く片づいて、質も高まったりするんですよね。
まあ、実際の仕事では、そんな悠長なことを言ってられないほど時間に追われてしまうケースも多々あるわけですが・・・。
『すぐつかめる英語翻訳のコツ』(三好弘氏著、朝日出版社)より:
我々は大なり小なり、辞書の訳語に頼って英語を訳している。そのこともあって、辞書の訳語を機械的に使い、それ以外の訳語を考えようとしない癖が、いつの間にか身についてしまっているのである。
(中略)
ちょっと考えてから訳語を選ぶという作業を身につければ、誰でも訳は上手になるというのが私の持論である。辞書の訳語にすぐ飛びついてしまうのでは、ありきたりの訳になってしまうのが関の山。こんなとき、日本語ではどのような表現をするのかと、ちょっと考えてみることである。誰もが訳せるような訳文は、上手な訳ということにはならない。なるほど、うまいものだなと言わせるような訳文は、普通の人には訳せない訳文でなければならない。
実際には、IT関連の実務翻訳(特にローカライズ)の現場では、独創的で上手な訳や、日本語らしさを追求した訳よりも、「普通の人」の訳し方、つまり、決められた訳語を使って定型的・直訳的に処理した訳し方のほうが歓迎されてしまう場合もあります。また、時間をかけてうまい訳を練るより、人並みの訳を大量生産してワード数をこなすほうが、収入が増えてしまうという側面もあります。
でも、そのやり方に安住していて、この先ほんとに大丈夫でしょうか。人並みの訳し方ばかりしていたら、人並みの訳しかできなくなってしまいます。翻訳者としてのキャリアという面では、先行きが不安です。人並みの訳しかできない、ということは、あなたの代わりとなる翻訳者はいくらでもいる、ということだからです。
日ごろの仕事でどんな訳し方を求められるにせよ、それとは別に、自然な日本語で訳す力をコツコツ磨き、「人並み」から抜け出しておきたいですね。
※もちろん、人並みから抜け出る方法は、訳の力を磨くという以外にもいろいろあると思います。例えば、大量生産の技術を極限まで高め、訳文自体は人並みだけれど誰より超高速で大量の仕事をこなせる、という路線を目指すのもありでしょう。でも、当勉強会としては、上のような路線で進んでいきたいな、と思っております。
『[はじめる編]英作文のトレーニング』(渡辺寿郎氏著、Z会)より:
かつて、高速道路が東京へ入ってくる地点に、「お疲れさま、東京です。」という標識が立っていたそうです。君はこれをどう英訳しますか。普通の高校生なら、そのまま “You are tired. This is Tokyo.” とでも書くのではないでしょうか。ところが違うんですね。外国人が手がけたに違いない英文はこうでした。 “Welcome to Tokyo.”
ここには英作文のコツがすべて含まれています。(1)文字を訳すのではなく、意味を訳すべし。(2)短く書くべし。(3)平易な言葉を使うべし。
今回の引用元は、実は大学入試用の参考書です。英作文を基礎から学ぶ高校生向けに書かれた入門書から、前書きの一節を引用しました。
(1)~(3)の3つのポイントは、高校生向けの「英作文のコツ」にとどまらず、翻訳の本質を突いた言葉に思えます。“You are tired.”とまではいかなくとも、原文の語句や字づらに引っ張られて不自然な訳文になってしまうことは、英訳・和訳を問わず、ありがちですからね。
学校英語や入試英語と言うと、実用英語とはかけ離れたイメージでとらえがちですが、思わず我が身を振り返ってしまうような、こんな言葉に出会うこともあるんですね。
推敲で文章のレベルを上げるコツは、できるだけ削る方向で直すことです。書いてるときは、不可欠と思った言い回しでも、カットしてみると、意外に通じて、しかも通りのよい文章になるということがよくあります。
訳文の推敲にも、このコツはそのまま有効です。意味が通じるだけの訳文ではなく、読ませる文章を目指すのなら、余分なものを削る手間が欠かせません。
特に、翻訳の場合、原文の表現に引っ張られて、無駄な言葉や不要な言い回しを使ってしまいがちです。基本的な所では、次のような点が要注意でしょう。
・ 主語、主部
・ 代名詞
・ 過去分詞形の修飾語、受動態
・ 指示語、指示代名詞
・ 文末の余分な言い回し
中学・高校での英語教育を経て翻訳の道に入った私たち。ちょっと気を抜くと、学校英語流の訳し方がどこかで必ず顔をのぞかせています。そんな訳は、外見上は原文に忠実だけれど、日本語としては無駄な表現にあふれているはずです。よーく目を凝らして、余分な言葉をそぎ落としていきましょう。
パッと浮かんだ訳文が変だなと思ったら、どんなに初歩的な単語でも辞書を引くことだ。翻訳家が単語の意味を正確に知らないことはまったく恥ずかしいことではない。辞書を引いて確認しようとしないことが恥ずかしいのだ。
ここで言う「辞書」とは英語の辞書のことですが、日本語の辞書についてもそのまま当てはまると思います。いい訳語がパッと思い浮かんだ――そう思って国語辞典を引いたら、実は言葉の意味を誤解していた・・・なんてことが、僕の場合はよくあります。
あと、辞書に関してもう1つお勧めしたいのが、英英辞典の活用。それも、COBUILDやLongmanなどの学習者向け英英辞典がお勧めです。英和辞典だと、定義の先頭に出ている代表的・汎用的な訳語にどうしても引っ張られてしまいがち。英英辞典の定義から自分で訳語を考える方が、文脈やニュアンスにピッタリ合った言葉が見つかることが多々あります。
辞書をこまめに引きながら、頭をひねって訳語をつむぎ出す――そんな鍛錬を繰り返していけば、翻訳力がアップすること請け合いです。
日本語で長いセンテンスを書くと、最初の題目なり主語なりを受ける述語動詞ははるかうしろにいく。そうしてその間にたくさんの小さいセンテンスの卵のようなものが割って入る形になる。これでは聞く人、読む人は、話の中心思想が分からないではなはだ苦しむ。われわれの日本語では、つとめて短いセンテンスで文章を書かなければならない。
「文を短くせよ」とは、どんな文章読本にも必ず書いてある重要項目。その大きな理由がこれです。文の係り受けの構造がわかりやすくなるから、文意がハッキリし、読みやすくなる。さらに、短い文を重ねる方が、文章全体のリズムも良くなります。
逆に、どうしても短くできない文の場合も、係り受けの関係さえ明確にすれば、意外とスッキリ仕上がることがあります。大事なポイントは以下の点です。
・ 係る側と受ける側をなるべく近付けること
・ 係る側は、長いものほど前に出すこと
・ 係り受けの「入れ子」は避けること
こうした係り受けの技術については、本多勝一著『日本語の作文技術』に詳しく出ています。(好き嫌いの分かれる本かもしれませんが・・・)。
『すぐつかめる英語翻訳のコツ』(三好弘氏著、朝日出版社)より:
日本語としてぎこちない訳は、訳す人が原文をその程度にしか理解していないということに原因の一つはあると言えよう。
なめらかで自然な訳文を作る、というと、どうしても日本語表現や訳し方の技術に目が行きがちです。僕自身、訳文がスッキリまとまらないときには、訳語を変えてみたり、言い回しを工夫してみたりなど、訳の推敲に躍起になります。
でも、スッキリしない根本的原因は、日本語ではなく、原文の理解不足なのかもしれない。まだまだ読みが浅いのかもしれない・・・。肝に銘じておきたいですね。自戒と反省を込めて。
『プロ・プレイヤーの演奏技法』(フィリップ・ファーカス氏著・滝沢比佐子氏訳、全音楽譜出版社)より:
過ぎたるは及ばざるがごとし、とはアーティキュレイションに関しても真実である。妥当なアーティキュレイションで演奏すれば音楽の魅力はいっそう増す。しかし聴衆の耳にアーティキュレイションそのものが聞こえてしまってはならない。それが耳につくということは、アーティキュレイションが音楽に溶けこまずに遊離してしまっている証拠である。それとは気づかぬほどにさりげなく用いなければ正確なアーティキュレイションとは言えない。
著者のファーカスさんはアメリカのホルン奏者。「アーティキュレイション」というのは音楽用語で、音の出し方、切り方、つなげ方など、音符の表現方法や表情の付け方のことを言います。
さて、一見翻訳と関係なさそうな、音楽家のこの言葉。少し読み方を変えてみると、翻訳にも当てはまるような気がします。たとえば、「アーティキュレイション」を「訳語」に置き換えてみるとこうなります。
「過ぎたるは及ばざるがごとし、とは訳語に関しても真実である。妥当な訳語で翻訳すれば文章の魅力はいっそう増す。しかし読み手の目に訳語そのものが入ってしまってはならない。それが目につくということは、訳語が文章に溶けこまずに遊離してしまっている証拠である。それとは気づかぬほどにさりげなく用いなければ正確な訳語とは言えない。」
あるいは、「翻訳技法」と読み換えるとこうなります。
「過ぎたるは及ばざるがごとし、とは翻訳技法に関しても真実である。妥当な翻訳技法で訳出すれば文章の魅力はいっそう増す。しかし読み手の目に翻訳技法そのものが入ってしまってはならない。それが目につくということは、翻訳技法が文章に溶けこまずに遊離してしまっている証拠である。それとは気づかぬほどにさりげなく用いなければ正確な翻訳技法とは言えない。」