演奏家の言葉

  • 2008年01月27日(日) 08:08 JST
  • 投稿者:
    uchiyama

『プロ・プレイヤーの演奏技法』(フィリップ・ファーカス氏著・滝沢比佐子氏訳、全音楽譜出版社)より:

過ぎたるは及ばざるがごとし、とはアーティキュレイションに関しても真実である。妥当なアーティキュレイションで演奏すれば音楽の魅力はいっそう増す。しかし聴衆の耳にアーティキュレイションそのものが聞こえてしまってはならない。それが耳につくということは、アーティキュレイションが音楽に溶けこまずに遊離してしまっている証拠である。それとは気づかぬほどにさりげなく用いなければ正確なアーティキュレイションとは言えない。

著者のファーカスさんはアメリカのホルン奏者。「アーティキュレイション」というのは音楽用語で、音の出し方、切り方、つなげ方など、音符の表現方法や表情の付け方のことを言います。

さて、一見翻訳と関係なさそうな、音楽家のこの言葉。少し読み方を変えてみると、翻訳にも当てはまるような気がします。たとえば、「アーティキュレイション」を「訳語」に置き換えてみるとこうなります。

「過ぎたるは及ばざるがごとし、とは訳語に関しても真実である。妥当な訳語で翻訳すれば文章の魅力はいっそう増す。しかし読み手の目に訳語そのものが入ってしまってはならない。それが目につくということは、訳語が文章に溶けこまずに遊離してしまっている証拠である。それとは気づかぬほどにさりげなく用いなければ正確な訳語とは言えない。」

あるいは、「翻訳技法」と読み換えるとこうなります。

「過ぎたるは及ばざるがごとし、とは翻訳技法に関しても真実である。妥当な翻訳技法で訳出すれば文章の魅力はいっそう増す。しかし読み手の目に翻訳技法そのものが入ってしまってはならない。それが目につくということは、翻訳技法が文章に溶けこまずに遊離してしまっている証拠である。それとは気づかぬほどにさりげなく用いなければ正確な翻訳技法とは言えない。」